「動画がキレイ」とか、「画質が最高」といわれても
比較する対象がなければ、自分のすごさは認識できない。
背が高い人の中にいれば、自分の背の低さは目立つし
背が低い人の中にいれば、自分の背の低さは気にならない。
我が家はみな小さい(150センチくらい)なので、家族といるときは自分の小ささを認識した事すらない。
それが当たり前だと思っている。
ちなみに、弊社のスタッフは身長で選んでいるわけではないが、みな小さい。
160センチの人がいれば、みな「大きいねー、大きいねー」を繰り返すような感じだ。
しかし、実際、友達に会うと「小さいなー」といつも言われる。
そこではじめて気付く。ああ、私は小さいのだ。
他人と比較して、はじめて気付く事は多い。
他人と比較しないと、わからないことが多すぎる。
同様に、不満点も他人と比較しないとわからない。
例えば、デジカメ。
デジカメの不満点はなんですか?と笑顔で聞いてもそんなもん、答えられるわけがない。
まさか、そんな質問をするグループインタビューとか、アンケート調査もないだろうが。
もし、そんなことを実際に聞いたら 妄想ワールドと比較して、あるべき姿との不満でしかなく、実際にそれが全て克服されたとしても、永遠に不満であり続ける。
「貴方のデジカメの不満は何ですか」という問いに「他のを知らないんだから、不満も何も、自分が使えないってことが不満なのよ」という答えが一番美しい。
つまり、あれです。他人と比較しての劣等感が不満になるというわけです。
不満は、比較して気付く。
比較する前の不満は、自分妄想ワールドとの比較。「こう使えるべきであるのに使えないなんて。」という。
そして、
「私すごいんです」については、ものすごく妄想ワールドとの比較になる。
スペックの意味なんて解らないけど、「画素数は大きいほうがかっこいい」「最新のものがすばらしい」「値段が高いものを買っておけば間違いない」
すごいんです、については、優越感が根本にあることが多い。
しかし、不満との大きな違いは
不満は他人が必要だが、優越感は自分妄想ワールドでも完結できる事だ。
だから、実は「画質がいい」というよりも「よくわかんないけど、最先端の技術を使って。それも、アメリカから出てきた技術なんかを使って超最先端!」というほうが、実はシニア・シルバー層に響いたりするのだ。
隣の人よりも、自分のがいいと、妄想ワールドの中で確実に認識できるから。
そういう話ではないんですと言われるかも知れないけど、デジカメの不満について。
デジカメに関して不満な点は、ピントが合いにくい、応答が悪いということです。つまり『ネコがうまく撮せない』、ピンぼけだったり、うなじしか写っていなかったり。『ネコがうまく写せるカメラ』が出たら買いたいです。
Posted by: ICE | June 24, 2004 at 12:09 AM
Iceさま、コメント有難うございます。
シニア層にアンケートをとると、意外と「ピンボケ」についての不満は少ないんですよ。
応答が悪い、というのも「そういうもんだ、デジタルカメラは」と思っているところもあり。
すると、不満点というのは、相手と比較して、というのが多いという結果が出ました。
機能的な不満と聞かれると「ピントが合わない」(でも、これはデジカメに限った話ではない)「写真の撮り方が下手」(これも、同じく)と、インスタントカメラを利用していた人が多い中で、デジカメの不満というのは実はもう少し外れたところにあるのだろうなと思っております。
きれいに写る、という意味が解っていない人が意外と多く、(シニア・シルバー層に関しては)若者とシニア層ではデジカメに求める機能・デジカメでできると思っているワクワク機能が違うように感じられました。
Posted by: モリマミコ | June 24, 2004 at 10:00 AM